2006/01/14

たまにはマジメに

昨年のヒットのひとつに、「電車男」があります。
アニメオタクの青年と美女の恋、というシチュエーションの今っぽさもヒットの要因だとは思います。でも、もうひとつ。「電車男」の「マジメさ」もポイントだったのではないかと思うのです。

もうひとつ、「生協の白石さん」も話題になりました。
生協に寄せられた「一言カード」に対して、生協の職員の白石さんが回答をしているのですが、どんな質問にもユーモアをまじえながらマジメに答えていて、読んでいると思わず笑ってしまいます。


電車男と白石さんの共通の魅力は、「マジメさ」にあるような気がするのです。
(誰かのミスにつけこんで利を得るような、殺伐としたニュースが最近多い中、電車男や白石さんが支持を得るというのはなんとなくうれしい・・・。)
メディアこそ違え、どちらも文字のコミュニケーションです。
文字だけのやり取りは、顔を合わせるのとまた違った難しさがあります。相手の表情も見えない中、文字からすべてを判断しようとして知らず知らず深読みしすぎたり、うっかり書き込んだ言葉を文章力のなさで誤解されたり。一応ブログなんかを書いている身として、時々怖いなあと思うことがあります。

文章力は簡単にはレベルを上げられませんが、せめて「マジメ」にがんばりたいな、と思うのでした。

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2006/01/08

「名もなき毒」

昨年、中日新聞紙上で「名もなき毒」という宮部みゆきさんの小説が連載されていました。

いやあ~辛かったです。1日にちょっとしか読めないんですもの。特にクライマックスの時は身もだえしてました(笑)
昨年12月30日に最終回を迎えたのですが、3月の連載開始から考えると長かったなあ~、とあらためて思ってしまいました。


主人公は杉村三郎という、30代後半(?)の男性。
今多コンツェルンという大会社の社内広報誌編集部に勤務しています。実は彼の妻は今多コンツェルンの現会長が愛人に生ませた娘。彼女との結婚はけしてお金のためではありませんが、彼女の持参金のおかげで生涯不自由しない生活が保証されているのも事実。周りから「会長の婿」「逆玉」と言われることに複雑な思いを抱いています。

物語は2つの事件を軸にして進みます。

ある日、コンビニでお茶を買った初老の男性が青酸カリ中毒で死亡するという事件が発生。その後何件か同様の事件が起き、連続毒物混入事件として世間の注目を集めることに。

杉村氏の編集部では、アルバイトの原田いづみが編集長に物を投げつけて怪我をさせる事件が発生。解雇されたことで編集部を逆恨みし、「セクハラを受けた」など、あることないこと書き綴った手紙を今多会長に送りつけてきます。今多会長は娘婿の杉村氏を呼び出し、原田いづみとの交渉役をまかせます。

原田いづみの身辺を調べていた杉村氏は毒物事件の被害者家族と知り合い、2つの事件に平行して関わることになってしまいます。


物語の中でなんと言っても印象深いのはトラブルメーカー、原田いづみ。彼女は自分を守るために周りの人間を嘘で貶めることをいとわない人物。彼女の嘘は、撒き散らされる毒のように周りを不幸の影で染めていきます。
こんな人が周りにいたら、ほんとに恐ろしい(^_^;)

物語のタイトルは「名もなき毒」ですが、「人の心に澱のようにたまった毒」も暗示しているのかなと思いました。

それぞれの人物像とその心の動きを追いかける形の物語なので、途中話が進まずじれったい部分もありますが、考えさせられるところの多い話でした。

実は杉村氏が主人公の作品はこの前にもう1作、「誰か」という作品があるそうです。「名もなき毒」が本になったら、あわせて読んでみようかな。

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2005/04/09

コロボックル物語

ハイジさんの童話のブログをのぞかせてもらって、自分が好きだった本のことを思い出しました。
佐藤さとる氏の「コロボックルシリーズ」です。

「誰も知らない小さな国」という題名の本がシリーズの1作目。最初に出版された年を調べたら、なんと1959年ということで、ちょっとびっくり。そんなに長い間読まれているんですね。

時は戦前。主人公の男の子はある日、偶然入った林の中の「小山」で、身長3cmほどの「小さな人」を目撃します。戦争中、男の子は小山から離れてしまうのですが、戦後に「小さな人」ともう一度出会います。
大人になった男の子は「小さな人」達から味方として選ばれたのです。彼は「せいたかさん」と呼ばれ、「小さな人」達を守っていく存在になっていきます。

「コロボックル」というのはアイヌの伝承に出てくる小人族の名前で、「蕗の葉の下の人」という意味だそうです。せいたかさんが「小さな人」達のことを調べているときにこの伝承を見つけ、彼らはそのコロボックルではないかと考え、その名で呼ぶようになるのです。

私がこのシリーズをどうして好きだったのか。
今考えると、作品の中に、「コロボックル達は実在の存在かも」と思わせるリアリティがあったからではないかと思います。
コロボックル達はファンタジー的な存在ではあるのですが、人の目に留まらないぐらいに早く動くことができるぐらいで、ハリーポッターのような魔法が使えるわけではありません。だから自分達のコミュニティを守るために人間のせいたかさんの力を借りるのです。
人智を超えたものすごい事は起こりません。だからこそ、読んでいるうちにこの小山は本当にどこかにあって、彼らは今も私達の周りを目に見えない速度で飛び回っているのではないかと感じるのです。

シリーズは全部で5作あります。
「だれも知らない小さな国」「豆つぶほどの小さな犬」「星からおちた小さな人」「ふしぎな目をした男の子」「小さな国のつづきの話」
私は当時、ハードカバーを持っていましたが、今は文庫でも出ているようです。物置をひっくり返して探して、もう一度読みたくなりました。

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2005/04/06

ハサミ男 ~小説のトリック・映像のトリック

原作のある映像作品の場合、原作のファンとしては悩みます。

主人公を演じる俳優が自分のイメージと違っていたらいやだなあ、なんて。
私の場合、最初に来るのはそんな程度のミーハー意見ですけどね(^^ゞ

ミステリーの場合は、トリックという問題が大きいですよね。
特に、「ハサミ男」の場合は全編に渡ってレトリック上のしかけがある作品ですから。
たとえば、これから京極夏彦氏の「姑獲鳥の夏」の映画なんかも出てくるわけなんですが、これも文章だからこその部分が大きいので、どう映像にするんだろ?
もちろん、小説の手法と映像の手法が異なったものである以上、トリックの表現もかわらざるを得ないですよね。
たとえば綾辻行人氏の「殺人鬼」。スプラッタな描写の後ろにある思惑を隠した作品ですが、映像にするにはどうするのでしょう。
あいまいですね(^_^;)ネタバレしないように一応気を使ってます。
その前に、スプラッタゆえに映像化されないかもしれませんが。

映像のトリックとして印象に残っているのは、昨年日テレでやってたドラマ「共犯者」ですね。
タネあかしを最終回の最後まで引っ張りすぎたきらいはありますが、見ている人が無意識のうちに持っている常識を逆手にとってトリックにするあたり、これぞ映像のトリックという気がしました。

と、こんなこと書きながら結局「ハサミ男」見てないんですが(^_^;)

映画もひとつの新しいミステリーと考えれば、なるべく前情報なしに見た方がいいかなあと思いつつ、トラックバックもいただいたので、映画を見た方の感想などもついつい調べてしまいました。

再度、公式サイトのチェックなどもしてみつつ。
音楽が本多俊之氏なんですね。しかも「死刑台のエレベーター」のマイルス・デイヴィスのように、映像を見ながら即興で音をつける手法に挑戦したとか。
それはとても興味ありますね。私はけっこう彼のファンで、「マルサの女」のサントラの「ガディス」がすごく好きでした。最近ちょっとごぶさたしているので、また聴いてみようかな。

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2005/04/04

殊能将之氏の本

ハサミ男がヤミツキになったので、他の本も読んでみました。好きになると、その人の作品、色々と読みたくなりますよね。

次に読んだのは「美濃牛」
これはまたハサミ男とはがらりとムード変更。全体的には横溝正史風(というと、怒られる?オマージュ、ですね)で、舞台は岐阜の山奥。美濃というのは岐阜地方のことで、そこで育てられる牛とギリシャ神話の「ミノタウロス」をかけたタイトル。舞台は架空の村「暮枝」村で、これも「クレタ」島と韻を踏んだ感じ。
ちなみに私、暮枝村近辺とされる板取や洞戸のあたりは行ったことがあります。(鮎を食べに行きました!テレビCMも流してる有名なヤナがあるので。)だからついついそのあたりの景色を思い浮かべながら読んでましたね~。

フリーライターの天瀬がカメラマンを連れて、鍾乳洞の中にある「奇跡の泉」の取材のために暮枝村にやってくるところから物語は始まります。その話を持ち込んだのは石動という男で、ディテクティブ・ディレクターを名乗る変わったヤツ。しかもその鍾乳洞は地元の名家「羅動家」の敷地内にあり、取材許可がおりない。取材のために羅道家通いをするうちに、その家の息子が鍾乳洞前で首なし死体となって発見される・・・

結果としては、ハサミ男のような驚きはなかったけど、小説を読むという楽しみではマル。
見えている部分と裏の部分の違いが重要なファクターになってたかな?読んでいる側がこうだろうと思っていたことがすべてひっくり返されて「逆転」していくあたりがまさに「迷路」。
この作品から石動戯作(いするぎぎさく)という探偵さんが登場。はっきり言って変なヤツ(笑)ですが、これまでの探偵にいないタイプで、けっこう面白いです。

ところで、殊能氏の作品の中に出てくる食事シーンは描写が細かいんですよねえ。本筋とはまったく関係ないのに。ハサミ男でも、感じのいい喫茶店での食事シーンが出てきますし、美濃牛でも、天瀬や石動が逗留している民家の料理上手な奥さんの出してくれる料理がとてもおいしそう。これは、ご自信の趣味かしらと思ったら、やはりそうだったんですね。サイトを見たら自分が何を作って食べたのかがとてもたくさんメモされてました。料理好きなんですね。しかもすごいマメ。頭が下がります。

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ハサミ男、映画化。

殊能将之氏のミステリー、「ハサミ男」が映画化。

この話を聞いた時は、びっくり。

「え~?映像になるんですか?」


ミステリーの中には、「映像化不可能」と呼ばれる作品が多いけど、この作品もまさにそうだと思ってましたよ。
というか、映画のキャスティングを発表するのでさえ、このミステリーにとってはネタばれになってしまうのでは?
でも、映像化についてはあちこちからたくさんの申し入れがあったということですから、チャレンジしたいと思わせる魅力があるんですね。それはわかる気がする。


一応、「ハサミ男」について。
ミステリーを紹介するのって怖いですね。ネタバレにならないか、心配で(^_^;)


語り手は女子高校生ばかりを狙う連続殺人犯。
凶器が事務用ハサミなので、「ハサミ男」とマスコミに呼ばれているんですね。
その連続殺人犯「ハサミ男」が、次の標的に選んだ女子高校生の身辺を下調べしていたら、偶然にもその女の子が殺害された現場の第一発見者になってしまいます。
しかもその女の子は「ハサミ男」がやったとしか思えない手口で殺されている。
自分が犯人ではないことは、当の「ハサミ男」である自分にしかわからない。そこで、自分の手口を真似した模倣犯を探しはじめる・・・

というのが物語のはじまり。


私がこの「ハサミ男」を読んだ時も、もうすっかり
「やられた!」
ですね。くやしいわけではないんです。ぴたん、と額をたたいて、
「こりゃまたやられましたな。わっはっは。」
という感じ(^_^;)
ラストに来た時は、ページをめくる手がぴたっと止まってしまうほどコーフンして、本当にドキドキしましたね~。
この気持ち、自分ではずっと「やられた感」と言ってたんだけど、映画の公式サイトをみたら「読後快感」と書いてあって、なるほど、確かにこれは快感だ!とすごく納得してしまいました。

もし「ハサミ男」を読みたいと今思っている人は、なるべく映画の前情報など仕入れてしまう前に読む方が「快感」が強いかも?
もちろん、まだ映画を見てもいない上での気持ちです。

映画は映画でとてもおもしろそうなので見たいんですが、日程的に見に行けなさそう。ミニシアター系ロードショーなので、私が住んでいる地方での公開期間が短いんです。ビデオ化を待つしかないのかな~。

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